手のひらや指先を
超音波で刺激

大振幅な超音波が生み出す圧力を利用して、モノを触った感覚を再現する触覚技術(空中ハプティクス)が私の研究分野です。例えば、カーナビなどのタッチパネルを使って入力する際、ボタンが表示されている箇所に指があるときだけ、何かに触れたように感じる触覚フィードバックを超音波で与えれば、押し間違いが減ります。また、ATMなど公共の場所にあるタッチパネルで、空中にキーボードを映像化して表示し、キーを押した指先に触覚フィードバックを与えれば、非接触で衛生的な入力ができます。この他、視覚障害者の手指に触覚を提示することで、誘導ブロックのように行き先や停止位置を示す技術なども研究しています。

触覚技術はまだまだ発展途上の分野です。そのことを示す例として、スマートフォンがタッチパネルを採用している点が挙げられます。名前に「タッチ」が含まれるので、一見するとこれには触覚的に有用な技術が使われているように見えます。しかし実際には、スマートフォン以前の携帯電話にあった物理的なボタンの方が、「どこに何のキーがあるか触れただけで分かる」「押し込んで入力することにより、正しく入力されたことが分かる」といった、はるかに有用な触覚フィードバックを人間に与えます。コンピュータのキーボードとして全面タッチパネルの製品があまり使われていないことが、良い例かと思います。タッチパネルのみを入力インタフェースとして搭載しているスマートフォンが普及していることは、現在の触覚技術がタッチパネルのもつ視覚的な利便性を超えられていないことを意味しています。

動物などをなでて得られる皮膚の振動を、
いかにリアルに再現できるか

実物の感触を
自由に再現するのが夢

私が大学生だった当時、VR技術として、3D映像などの視覚技術や、目の前に音源があるかのように音を出す聴覚技術が注目を集めていました。一方で触覚技術はまだ普及しておらず、そのことでかえって関心を持ち、草分け的な研究室に所属しました。現在、触覚技術は多方面で研究されていますが、手袋型の装置を装着したり、据置装置の表面形状や硬さを変化させたりするなど、モノと皮膚との接触を通して刺激を与える技術が多いです。しかしモノがあると、それ自体の感触が邪魔をし、本来再現したい繊細な触覚表現ができなくなります。超音波なら「空中で皮膚表面を刺激できる」特性により、与えたい感触だけを再現できるのです。

私の最終的な夢は、3D映像で表示したモノの感触を自由に再現することです。その一歩として現在、動物をなでる感覚の再現に挑んでいます。なでる感覚は、なでたときの皮膚の変形や振動を受容器が電気的信号に変換し、それが脳に伝わって得られます。その刺激を超音波によって再現する方法として、例えば、受容器の役割をする小型マイクを指先に装着して犬や猫の表面をなぞり、データを収集する方法が考えられます。ただし、なでる感覚には皮膚に垂直・水平、両方向の刺激が生じるのに対して、超音波が出せるのは垂直方向の刺激のみです。実物の刺激を全部は再現できない中で、どの刺激を使えば人は違和感を持たないのか。あるいは逆に、不要に見える情報の中に、実は本質的なものが含まれている可能性もあり、試行錯誤しています。

触覚の再現には理論と
ハードウェア・ソフトウェアの深い理解が必要

工学を学べば
自分でアイデアを形にできる

電気工事士であった父の影響もあり、私は子どもの頃から電気工学関係に興味を持っていました。小学生になると、学習雑誌に載っていた電気系の通信講座を親にねだって、届いた電子工作の教材に熱中しました。プラモデルやミニ四駆、テレビゲームも好きで、中学校、高専へと進んでプログラミングを覚えると、ゲームを再現して作ることが、ゲームをするより何倍も面白くなりました。今の研究は、どこまでやっても実物と同じ感触を再現できず、まるで終わりが見えない、半分楽しく半分つらい世界ですが、それでも自由に作る面白さは、今がいちばん強く感じています。

研究室の学生の中には、イヤホンや歩きスマホをしている人に超音波刺激で危険を知らせる研究をしているメンバーもいます。南山大学理工学部では、副専攻制で他学科の専門科目を学ぶことにより、超音波のVRへの活用はもちろん、ロボット表面への皮膚感覚の実装や、超音波刺激で得られる感覚のデータ収集・分析など、できることが広がります。モノづくりには多様な関わり方がありますが、自分のアイデアを自分の手で形にできるのは、工学系を学んだ人だけ。社会を豊かにする技術を体得し、アイデアを形にしていきましょう。そして、科学技術の力で、社会をより良くしていきましょう。