例えば機械学習で
顔画像生成や創薬に貢献

私は幅広い研究テーマを扱っていますが、どれもベースには数学の「最適化」があります。例えば機械学習において学習として行っているのも、「学習の誤りを表す関数を最小化する」という最適化です。機械学習に関する研究の具体例の一つが、機械学習の中でもGANと呼ばれる手法を用いた、「複数の特徴を持つ顔画像の生成」。AIを学習させるには大量のデータが必要ですが、人の顔のうち「めがねをかけている」「笑顔」といった複数の特徴を持つデータとなると、数が少なくなってしまい、学習がうまく進みません。そこで複数のAIを協働させることで、データ不足を補い、2つ以上の特徴を持つ顔画像を生成できるようにする方法を研究しています。

もう一つの具体例としては、スイスでの在外研究時に化学分野の研究者と共同で行った、創薬に関する研究があります。薬の分子構造は、もととなる分子に、試薬と呼ばれる別の分子の一部が部品のように組み込まれることで作られます。そのため、試薬には、適切な部分を必要に応じて切り離せることが求められます。つまり、試薬では、切るべき結合が程良く切れるかが大事な問題です。計算機化学と呼ばれる手法で得られる分子のデータを、機械学習で分類・判別し、それを明らかにする方法を提案しました。このように、最適化はそれ自体が役に立つというより、何かと組み合わせたとき、問題の解決手段として大きな価値を発揮するのが面白いところです。

複数の特徴を持つ顔画像を生成し、
機械学習への貢献を目指す

抽象的で原理的な数学
だからこそ広がる世界

私は長野県の田んぼに囲まれた自然豊かな場所で生まれ育ち、幼少期はサワガニやカエルを捕っては飼育するのが好きでした。生物や化学など理科は全般に好きで、高校生になると、数学や物理など物事の原理に興味を持ち始めました。そして大学で、神経細胞の信号伝達が数式を使って説明できると知ったことが、生物や化学への数学の応用に関心を持つきっかけに。後に最適化を学ぶと、学部ではタンパク質の構造推定に、大学院では化学シフト値と呼ばれる分子構造と関係の深い特徴量の推定に、それぞれ最適化を応用する研究をしました。

数学は抽象的で、大学時代には、専門書を読んでも意味がよく分からず頭を悩ませたこともあります。それでも投げ出さず何度も読んで考えるうちに、あるとき突然、「こういうことだったんだ!」と理解できたうれしさは忘れられません。そして基礎となる学問だからこそ、組み合わせるものを変えれば違う顔を見せてくれ、多様な問題の解決に貢献できます。先に挙げたような創薬に応用すれば、最初から実験で確かめなくても、コンピュータで候補となる分子を絞り込み、効率的に開発ができるのです。また、問題の数だけ活躍する場があり、さまざまな分野の研究者との出会いもあります。数学をやっていてよかったと思える、やりがいの大きさや広がりの豊かさを味わっています。

創薬の他、自動運転や配送システムなどにも
最適化は力を発揮する

問題を数理モデルで表現し
解決に近づける

「数学は難しい」と言う人は多いですが、本当に世の中の役に立っていて、工学部出身の数学研究者としては、もっと使ってもらいたいという思いがあります。もちろん、数学で何でも分かるわけではありません。けれど「数学の言葉」、いわゆる数理モデルで表現できれば、世の中の困っていることを少しずつ解消に近づけられます。中でも最適化はその名の通り、ものごとを最適にして、人の生活を豊かにできるもの。それは、私が今後の研究において目指すことでもあります。みなさんも最適化と、例えば副専攻で機械システムの知識を学んで組み合わせれば、自動運転や工場・倉庫の自動化など、これからの社会が求める労働人口減少への対策や生産性向上につながる研究ができるようになります。

工学が取り扱う問題は実に複雑で、解決の手段も一つではありません。電気自動車にしても、製造過程や発電も含めて考えると、どうなればガソリン車よりも環境負荷が少ないのか、また普及が進む場合、充電スタンドの数をどこにどう増やしていくのがいいのかといった問題が、実際に議論されています。最適な解決策を生み出すには、幅広い知識を持ち、いろいろな角度から見て考えを巡らせることが重要です。みなさんには授業の内容の勉強にとどまることなく、さまざまな視点と広い角度から社会全体を見て、主体的に考える姿勢を持って学んでほしいと思います。