まえがき (1部カット)

入門もしくは初歩の統計書には,確率の基礎,分布論がまず述べられ,正規分布の下での1, 2群(標本)モデルの統計解析法が論述されている.この後に学んでもらいたい重要な分野として,多群モデルの多重比較法があげられる.多群モデルの分散分析法では,平均の一様性の帰無仮説の検定が行われ,帰無仮説が棄却されても,どの群とどの群に平均の違いがあるか判定できない.また,位置パラメータの信頼領域は楕円の内部で与えられるため,明解な違いを検出できない.これに対して,多重比較検定は,どの群とどの群に違いがあるか判定ができ,位置パラメータの同時信頼領域も区間で与えられるため,平均の違いを明示できる.このため,医学,薬学,生物学では,多重比較法が必修の統計内容となっており,これら三分野の論文誌などで,データ解析を多重比較法で行うことを要求されることがしばしばある.この要求に対し,多重比較法の開発や理論の発展は,まだ十分になされているとはいえず,さらなる研究も必要である.

 観測値が正規分布に従っている場合にデータ解析可能な手法は,(正規分布の下での)パラメトリック法とよばれている.分布が未知であっても解析が可能な手法は,ノンパラメトリック法とよばれている.本書では,パラメトリック法と応用の広いノンパラメトリック法の両方を扱う.パラメトリック多重比較法としてよく知られ統計解析に使われる手法は,テューキー・クレーマー法,ダネット法,シェフェ法,テューキー・ウェルシュの方法,REGW(Ryan/Einot-Gabriel/Welsch)法である.ノンパラメトリック法として,スティール・ドゥワスの方法,スティールの方法,ダンの方法がよく知られている.ところが,多重比較の定義と理論が厄介であるため,残念なことに,間違った数式や手法がこれまでに広められてきている.手法の正当性や間違いの根拠を示すために,数理による論証を行うと同時にこれまでの手法を超える方法を論述する.

 多重比較の内容は第5章から始まる.第4章までに,多重比較法の理論を理解するための基礎となる前知識を与えている.しかしながら,第4章までの記述の中に, 他の統計書では書かれていない有用で重要な内容が含まれている.多重比較法の基礎を身につけるために,多群モデルに限定し本書を執筆している.本書で論述されているどの内容も重要である.インパクトのある特長は次の(1)〜(11)である.

(1) 標本サイズ(観測値の個数)を大きくした場合,統計量の分布は近似的に(多次元)正規分布またはその分布に関連した分布に従う.ノンパラメトリック法に関して, これまでの日本の統計書は,その近似理論の証明を与えずに,結果のみを書いてきた.論理を不明確にしないために近似理論の証明を与える(2.3節, 3.3節, 4.3節, 5.3節, 5.5節, 6.3節, 6.5節, 7.3節, 7.5節).

(2) 1,2群モデルにおけるノンパラメトリック法として,ウィルコクソンの順位和に基づく手法がよく知られている.(1)で述べた正規近似よりも良い近似であるエッジワース展開によるウィルコクソンの順位手法の精密化を与える(2.3節, 3.3節, 7.3節).

(3) 観測値の中の同じ値をタイという.応用を重点に据えた統計書の多くに,タイがある設定の下で順位統計量の間違った分散が書かれ,漸近的な対処法が述べらている.数理理論によりその誤りを指摘し,タイがある場合の対処法を論述する(3.3.4節).

(4) 分散分析法に対応するノンパラメトリック法としてクラスカル・ウォリスの順位検定が知られている. 順位によるノンパラメトリック信頼領域を導く(4.3.2節).

(5) テューキー・クレーマー法が正当であることを示す不等式を与える(定理5.1). この不等式の下側の分布を基にテューキー・クレーマー法が構成され保守的な(損をする)手法となっているが,上側の分布が下側の分布に近いことが示せ,その保守度(損失)が小さいことが解る(5.2節).同様に,スティール・ドゥワスの方法が正当であることを示す不等式を与える(定理5.2).

(6) 全体順位に基づくダンの手法が間違っていることを指摘し,2群間で順位をつけるノンパラメトリック法が正しいことを示す(5.3節).

(7) 既存の本には,ノンパラメトリック法として多重比較検定のみが記述されている.多重比較検定だけでは,平均の相違を指摘できても,どちらの方がどのくらい大きいかを判定できない.これに対して,平均の違いがどれくらいであるかを解析することのできる分布に依らない平均差に関するノンパラメトリック同時信頼区間を与える(5.3節, 6.3節, 7.3節).

(8) 多くの本で,ノンパラメトリック順位手法は漸近理論に基づく方法のみが記述されている.小標本の場合の手法のアルゴリズムも紹介している(2.3節, 3.3節, 4.3節, 5.3節, 6.3節, 7.3節).

(9) 著者は多重比較検定として新しい閉検定手順を提案し理論を構築した(参考文献の60番目の論文).その閉検定手順はテューキー・ウェルシュの方法とREGW法よりも検出力が高い.その証明を与えている(5.5節).これまで閉検定手順の中でペリの方法(Peritz (1970))が最も検出力が高いものとされてきたが, 著者が提案した手法の方が検出力が高いことを論述している(5.5節).

(10) 逐次棄却型検定法は,データ解析の実行を容易にする.標本サイズが不揃いの場合も含め逐次棄却型検定が閉検定手順になっていることを証明している(定理6.5, 定理7.4).

(11) シェフェ型の多重比較法において,線形順位統計量に基づく多重比較検定を記述している文献や統計書があるが,それらは間誤っている.分布に依らない多重比較法は存在せず,順位推定に基づく頑健な多重比較法を構成できる(8.3節).

西暦2011年12月
白石高章


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