シドニーオリンピック・シンクロ団体決勝の得点計算に使われた統計的頑健推定量


2000年9月28,29日にシンクロ団体決勝が行われた。初日は決められたテクニックを取り入れて行うTechnical Routine(TR)を2分50秒,2日目は自由に表現するフリールーティン(FR)を5分,それぞれ行った。採点はTechnical Merit(技術点)の審判5人,Artistic Impression(芸術展)の審判5人の計10人によってなされる。各審判は0.1点刻みで10点満点で採点する。得点は100点満点でTRの得点を35%,FRの得点を65%に圧縮し,その和が総合得点になる。 初日のTRで,『空手』をテーマにした日本が,1位のロシアにわずか0.07点差に迫る34.51点をマークして2位につけた。2日目FR決勝で,日本は満を持して『火の鳥』を披露。多くの日本国民が金メダルを期待しテレビ画面に釘付けとなった。日本の採点官の思い入れ,ロシアの採点官の思惑が交錯し採点結果は

シドニーオリンピック・シンクロ団体決勝
日本の自由演技(FR)の採点結果

Technical Merit

ロシアの日本のイタリアのカナダのドイツの
採点官採点官採点官採点官採点官
9.8109.89.89.9


Artistic Impression

フランスのオーストラリアチェコのブラジルのスウェーデン
採点官採点官採点官採点官採点官
9.910101010

となった。得点計算には標本平均(sample mean)が使われず,最高点と最低点を除いた平均である trimmed mean が使われた。

Technical Merit の得点
(9.8+9.8+9.9)/3=9.83333, 9.83333×6=59.0 得点 59点 となり,日本とロシアの採点結果を見事に除いて計算されている。


Artistic Impression の得点
(10+10+10)/3=10, 10×4=40 得点 40点 で満点。

合計99点 この日の得点 99×0.65=64.35。 日本の2日間の総合得点 34.51+64.35=98.86 点

 くやしいことにロシアに及ばず 金:ロシア,  銀:日本 となった。もっと芸術点に重みが大きければ金メダルが取れていたという人は多いと思う。

 得点計算に使われた trimmed mean は統計学では1つの1標本頑健推定量と呼ばれ Huber, P. J. (1964). Robust estimation of a location parameter. Ann. Math. Statist. 35, p73-101 と Huber, P. J. (1981). Robust Statistics. Wiley. によって分布に関する数学的最良性が証明され,Hampel, F. R., Ronchetti, E. M., Rousseeuw, P. J. and Stahel, W. A. (1986). Robust Statistics-The Approach Based On Influence Functions. Wiley では外れ値に関する頑健性が示されている。現在ではもっと有用で複雑なモデルに対して頑健推定が研究され,推定論ばかりでなく検定論についても頑健理論が構築されている。 trimmed mean はシンクロだけに使われているだけでなく,体操,飛び込みなどの夏のオリンピックに関連した競技の得点計算に使われている。残念なことにフィギアスケートなどでは使われておらず,採点のばらつきが大きく外れ値のある得点計算となっている。