まえがき (1部カット)

10年前,統計学の進化として統計科学という用語を使うことが増え始めた.2003年,著者は,教科書及び参考書として,日本評論社から,「統計科学」の題目で出版した.当時と異なり,統計科学はめまぐるしく進展し,新しい分野も開拓され,副題目に「統計科学」という用語が入った専門書が多く出版されている.今日,2003年の題目で改訂することは教科書としてふさわしくない.統計科学の細分化された専門分野を理解するための数理の基礎として,執筆することが教科書として適している.このため,本書の題目を「統計科学の基礎」とし,初歩の統計,確率基礎論,統計的推測の一般論,1,2標本モデルにおける統計解析について論述している.これにより,統計理論の基礎と統計的考え方が身につく.大学1年の教養で開講されている線形代数と微分積分学を習った後に,本書は学習されることを前提とし,数理統計理論の初学者を対象としている. 読みやすく配慮した特長と興味のもてる内容は,次の(1) 〜 (7)である.特に,(5) 〜 (7)は最近の著者の研究内容が含まれており,理論と応用両方にインパクトがある.

(1) 統計学の基礎となる事象,確率測度,確率変数の理解でつまずく学生も多い.確率の基礎は,論理の綺麗な部分である.しかしながら,論理が弱いと理解することが難しい.この理解を容易にするために,数理論理学(記号論理学)の初歩を説明することから始める.統計学の書籍では初めてであるが理解を円滑にする入り方である.近年,微分積分学の本では,はじめに数理論理学の初歩を説明したものが増えている.これにならっている.また,第2章2.1節の「数理論理と事象」は,高等学校の数学の教科書の項目「論理と集合」に対応している.高校時代曖昧であった論理が記号論理を介して明瞭に理解出来る.

(2) 統計学の理論の構築に,微分積分学と行列の知識が頻繁に使われている.使われる直前に,微分積分学と行列の内容を説明する.忘れていなければ確認程度に読んでもらうとよい.知識としてもっておいてもらいたいが理解の難しい微分積分学,極限分布の証明は,後ろの付録に書いている.

(3) 通常の統計書は,各章の最後に演習問題をいれている.本書では,定義や定理の直後に,それに関係した難しくない演習問題を配置している.これにより,順を追って円滑に理解できるようにしている.

(4) 現在高等学校の教科書で使われている記号と用語を出来る限りとりいれた.また,通常の数理統計学の教科書よりも行間を埋める必要がないように証明や解説を詳しくしている.

(5) 市販されているほとんどの統計書において,連続型のデータに関しては,正規分布に従う場合の推測論だけを載せている.これではデータ解析としては十分でないので,観測値の従う分布が未知であっても統計解析が可能な順位に基づくノンパラメトリック法も論じている.ノンパラメトリック論は,検定と信頼区間に関して,正確な手法と漸近的な手法を紹介している.さらに,分布と外れ値に関する頑健性も解説している.6.5節にノンパラメトリック法に関して,独立性などの設定条件を緩くすることができることを述べている.

(6) 2項分布の理論を使う比率のモデルに関する手法は,統計学の教科書ならば必ず書かれている. この場合,F分布を使った正確な手法とよばれている推測法とストレートに中心極限定理を適用した大標本理論による手法のいずれかが紹介されている.著者の最近の研究で,正確な手法とよばれている推測法は,実は正確に保守的な推測法であることが解り,すべての文献に正則条件も不足していることを発見した.これらの内容を第7章で厳密に記述し,その解説を載せている.さらに,大標本理論に基づく幾つかの手法を論述する.第7章の最後の節に,連続モデルの場合との漸近的な相違を述べる.

(7) 稀におこる現象の回数はポアソン分布に従う.ポアソン分布に従う観測値のデータは,大きな地震の回数,交通事故の件数などいくらでも存在し,ポアソンモデルの統計手法は重要である.しかしながら,比率のモデルに関する手法と同様に,正確な手法とよばれている推測法は,正確に保守的な推測法であり,すべての文献で正則条件も不足している.これらの内容を第8章に厳密に解説している.第8章の最後の節で,紹介した統計手法を使って,東日本大地震のデータを解析する.


 演習問題の解答及び「Excel」の使用方法を Website に載せている.

西暦2012年7月
白石高章


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