まえがき

自然および社会現象を理解する上で, 統計学は非常に大切な学問である. 近年の計算機の発達と普及により, データの統計解析は, より身近なものとなっている. また文系理系を問わず, 一般教養として身につけていることは, 高度情報化時代に必要不可欠である. 観測値が正規分布に従っている場合の統計解析法は, パラメトリック手法とよばれている. これまで多くの統計学の書籍は, パラメトリック手法について詳しく説明し, ただ単にこの手法を使ったデータ解析を解説している. この場合, 観測値が正規分布に従っていない場合には, 正しい解析といえるだろうかまたもっと良い手法はないだろうかなどの不安とストレスが残る. パラメトリック法に対して, 観測値の従っている分布がわからない場合でも統計解析することが可能である分布に依らない手法を, ノンパラメトリック法とよんでいる. 観測値の分布の正規性からの少しのずれや異常値を含むデータに対して有効である手法を, セミパラメトリック法と呼んでいる. 
本書では, パラメトリック法は勿論, ノンパラメトリック法とセミパラメトリック法も紹介する. 特にセミパラメトリック法は, 近年米国の学習書によくとりあげられ, 研究も盛んである. データの分布の探索や正規性の適合度を調べ, これを基に, これら3種の手法の選択方式を述べる. 解析の信頼性を高めるこれらの手法と選択方式により, 実務家へのデータ統計解析の不満を解消できる.
本書で紹介した統計解析法のすべてについて, Microsoft Windows上で動作可能な実行可能形式のソフトプログラムを用意している.これらのプログラムソフトを集めたものを, Esoft(E は Elementary の頭文字をとった) とよぶことにする. 入手方法は
http://crystal.sci.yokohama-cu.ac.jp/book.html
http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~crystal/book.html
の両方に詳しく書かれており, このホームページの Esoft をダウンロードすることになる. 本書のデータ解析に必要なパソコンソフトは, Esoft以外に, Excel, コマンド(MS-DOS)プロンプト, ワードパッドである. 後の2つは, Windowsに付属されているアプリケーションソフトである. これにより, Esoftを使ってデータ解析を行うには, WindowsとExcelをインストールしたパソコンがあれば十分である.
第1章で,初歩統計手法により身長体重だデータを解析する方法を紹介している.手計算とパソコンにより,結果を出す演習問題を与えている.これにより手計算は大変であること体験してもらえる.応用数値の例を1章以外でも用意し,Esoftを利用してこれらを統計解析することにより, データ統計解析の理解が深まる. また, EsoftとExcelを使い, グラフを描く方法を解説し,グラフを描くことにより, いっそう数理的内容の理解が深まるようにしている.最終章で, 本質的には単純な方法により, 多数存在する解析手法が統一的に導かれることを示す.
数理論理の展開を理解するために, 高等学校程度の数学の知識を仮定している. さらに必要な知識は,大学の教養課程で学ぶ行列の基本公式と微分積分学の基礎である.これらは付録Aにまとめている. 付録Bには,統計数理として,理解に時間を要する内容を載せている.
数学的知識をほとんど問わずに学習することも可能で, 大学1年文系の方に筆者が勧める学習方法は,
「1章全部, 2章の2.1節から2.5節, 3章の3.1節から3.4節, 3.6節,4章全部, 5章から8章までは EsoftとExcelを利用してデータ解析とグラフ利用を中心におこなう」 または「1章全部, 4章の推測論の考え方, 5章から8章まではEsoftとExcelを利用してデータ解析とグラフ利用を中心におこなう」である.
正規分布の下(もと)での統計解析論(パラメトリック論)を理解している方には, 「1章1.6節, 3章3.2,3.3,3.5節, 4章から9章全部」 を読むと, ノンパラメトリック, セミパラメトリックの理論を学習できる.
演習問題の解答, Esoftのより進んだ使い方, 専門家向けの漸近理論の証明なども上記のホームページに掲載している.
統計学の発展した学問及び研究分野として, 専門家の間では統計科学の名称を使うことが多くなっている. このため, 本書の題目を『統計科学』とした.
最後に, 執筆にあたり, お忙しい中,
 横浜市立大学理学部 森俊夫,     横浜市立大学理学部 一楽重雄,
 神戸大学工学部 垣内逸郎,       横浜国立大学工学部 玉野研一,
 西南学院大学文学部 安楽和夫,    関東学院大学経済学部 布能英一郎,
 東京外国語大学 市川雅教,     大阪大学大学院文学研究科 狩野裕,
 日本女子大学理学部 今野良彦,  筑波大学社会医学系 高橋秀人,
 大分大学工学部 越智義道,      大分大学工学部 原恭彦
の諸先生方に読んで頂き, 多くのコメントを下さったことにお礼申し上げます. 出版をお世話された日本評論社編集部の横山伸氏に感謝致します.
西暦2003年1月
横浜 金沢八景にて                   白石高章

戻る